死の香り
2001年11月9日「コホコホッ・・・」
重々しく、そして生気のないそれは・・・まさしく『音』
聞く者の耳朶にこびり付き、まるで生気さえ奪いそうな『音』
「ハァ・・ハァ・・・」
狭く、寒々しい部屋に充満するそれは、そう・・・迫り来る『別れ』の匂い。
「パ・・・パパ・・・・・・」
涙さえ浮かばせ寄り添う彼女。
力強かった腕は今は見る影もなく、いまや枯れ枝のようにも見える。
その枯れ枝がまるで風に動かされるように、彼女の金色月のような髪に触れる。
短くもなく長くもない、そんな彼女の髪をまるで弄ぶかのように弄くる枯れ枝。
彼女は無言で視線を落とす。
木のフローリングにポツリ・・・ポツリと水溜りが生まれていく。
ベッドの上の彼はそれに気付く。
だが、彼は何も出来ずに優しく・・・そう、ひたすら優しく頭を撫で続ける。
『死なないで』
この一言が彼女の口から放たれないのは、恐らく言葉にする事で彼の『死』の可能性を認める事になるからだろう。
だが、それ以外に何を言えばいいのだろう。
明らかに彼に忍び寄り、そしてあの言葉を囁いていく死神共。
『楽になりなさい』
ソレは彼にとってあまりに甘美で・・・そして官能的な誘惑であろう。
だが、彼はどうしても死ねない。
もし自分がその甘い誘惑に耳を貸してしまえば、今もベッドの傍で悲しみに捕らわれ、声をあげる事も我慢し、静かに泣く彼女はどうなるのだろう。
最悪、彼女は俺を追い死の沼に足を入れる事さえありうる。
彼女の気丈な性格を考えるに、可能性としては低いだろう。
ただ、その可能性が爪先ほどでもあるのならば・・・やはり死ねない。
彼は荒々しい息、そして高熱で焼けそうに感じられる頭で、今現在死の淵に立たされている自分の事など微塵も考えず、ベッドの傍に座り込んでいる彼女を思った。
その彼女のシルエットはなんと儚いのだろう。
あれほど愛し、そして愛してくれた父の傍にいるのに、彼女はまるで『世界の孤島』にでもいるようでもある。
それほど儚く、そして脆い・・・もし彼の枯れ枝が動きを停止したら・・・そう考える事さえ憚れる。
しかし・・・しかし、枯れ枝はまるで留めていた時が流れだすように、生気が失われ、動きが散漫になっていく。
認めたくない事実だろう。
それは彼にとっても同じ事だ。
徐々に意識が闇に消されていくのを、感じる。
心が少しずつ刈り取られていくのも感じられる。
俯いていた彼女は、その枯れ枝をグッと握る。
服の袖でゴシゴシと顔を擦り、ゆっくりと顔を彼に向ける。
せっかく拭いた涙は、とめどなく流れ彼女の顔をつたう。
その顔に滲み出る影は・・・『悲しい笑顔』
それはまさしく、子供が相手を悲しませない様に使う、大人の笑顔。
自分が許せないのだろうか。
彼も涙を流す。
ソレを見た彼女は、焦る。
自分が何か悲しませただろうか。
私は彼に嫌われただろうか。
悔しそうな顔をし涙を流す彼。
見てられない、でもここで逃げ出す事は出来ない。
それは彼が悲しむ。
だから彼女は言う。
「私・・・大丈夫だから」
その言葉はもっとも、聞きたくなかった言葉であろう。
心の底から言ってくれるのであらば、安心して逝く事もできる。
しかし、その表情は『虚ろ』の一言。
もし神がいれば間違いなく、彼の命を救うだろう。
それが無理ならば、せめて二人の心を通じさせるだろう。
それほどまでに、二人は意思疎通ができていなかった。
彼女は彼に心配をかけたくなく、気丈を振る舞い安心して逝かせてあげたいと願う。
彼はその彼女の無理に気付いてしまい、己の無力さに悔やみ、そして彼女のことを案じ生きたいと思う。
彼の涙の意図さえ、彼女にはわからず・・・
彼は神に願う。
神様・・・今まで信じていなかったし、もしいなかったとしても頼み事、一つくらい聞いてくれてもいいだろ。
そうだな、命をくれ・・・って言ってもそりゃ無理そうだな。
だから・・・頼む。
この娘を生かしてやりたいんだ。
一言だけでいい。
俺に言葉をつむぐ、力をくれ。
神様・・・お願いだ
「・・・っ・・・・・・・・」
彼の口が力無く、しかし確実に動く。
それは何かを伝えようとも見え、あるいは死に際の魚にも見える。
涙で滲む視界の中で、彼女は彼の口元に自らの耳を近づける。
「お・・・中でっ・・・・・・死ぬ・・・」
彼女は焦る。
彼はその燃え尽きそうな命に、あろう事か油をかけ言葉を紡いでいるのだ。
その最後の言葉を聞けず、そして死んでしまうのはとても嫌だ。
どうせ彼と一緒に消えるつもりの命ではあるが、心残りは残したくない。
必至だった。
彼の絶え絶えながらに紡がれる言葉を聞かねばならない。
何度も何度も聞こうとし、そしてその度に彼の蝋燭は加速的に短くなっていく。
彼は思う。
これが最後だろう・・・と。
彼女は思う。
彼の最後の言葉を・・・と。
奇跡かもしれない。
そのあまりにも儚く、されど力強い言葉が彼女の耳朶に響いた事は・・・
「・・・お、俺は・・・お前の中で、生き続ける事・・・にした・・・・・・勝手だけどな・・・・・・だ・・・だからっ・・・お・・・俺を殺さないように生き続けろ・・・・・・安心しろ・・・・・・パパはいつ・・でも・・・・・・い、一緒だから・・・」
重々しく、そして生気のないそれは・・・まさしく『音』
聞く者の耳朶にこびり付き、まるで生気さえ奪いそうな『音』
「ハァ・・ハァ・・・」
狭く、寒々しい部屋に充満するそれは、そう・・・迫り来る『別れ』の匂い。
「パ・・・パパ・・・・・・」
涙さえ浮かばせ寄り添う彼女。
力強かった腕は今は見る影もなく、いまや枯れ枝のようにも見える。
その枯れ枝がまるで風に動かされるように、彼女の金色月のような髪に触れる。
短くもなく長くもない、そんな彼女の髪をまるで弄ぶかのように弄くる枯れ枝。
彼女は無言で視線を落とす。
木のフローリングにポツリ・・・ポツリと水溜りが生まれていく。
ベッドの上の彼はそれに気付く。
だが、彼は何も出来ずに優しく・・・そう、ひたすら優しく頭を撫で続ける。
『死なないで』
この一言が彼女の口から放たれないのは、恐らく言葉にする事で彼の『死』の可能性を認める事になるからだろう。
だが、それ以外に何を言えばいいのだろう。
明らかに彼に忍び寄り、そしてあの言葉を囁いていく死神共。
『楽になりなさい』
ソレは彼にとってあまりに甘美で・・・そして官能的な誘惑であろう。
だが、彼はどうしても死ねない。
もし自分がその甘い誘惑に耳を貸してしまえば、今もベッドの傍で悲しみに捕らわれ、声をあげる事も我慢し、静かに泣く彼女はどうなるのだろう。
最悪、彼女は俺を追い死の沼に足を入れる事さえありうる。
彼女の気丈な性格を考えるに、可能性としては低いだろう。
ただ、その可能性が爪先ほどでもあるのならば・・・やはり死ねない。
彼は荒々しい息、そして高熱で焼けそうに感じられる頭で、今現在死の淵に立たされている自分の事など微塵も考えず、ベッドの傍に座り込んでいる彼女を思った。
その彼女のシルエットはなんと儚いのだろう。
あれほど愛し、そして愛してくれた父の傍にいるのに、彼女はまるで『世界の孤島』にでもいるようでもある。
それほど儚く、そして脆い・・・もし彼の枯れ枝が動きを停止したら・・・そう考える事さえ憚れる。
しかし・・・しかし、枯れ枝はまるで留めていた時が流れだすように、生気が失われ、動きが散漫になっていく。
認めたくない事実だろう。
それは彼にとっても同じ事だ。
徐々に意識が闇に消されていくのを、感じる。
心が少しずつ刈り取られていくのも感じられる。
俯いていた彼女は、その枯れ枝をグッと握る。
服の袖でゴシゴシと顔を擦り、ゆっくりと顔を彼に向ける。
せっかく拭いた涙は、とめどなく流れ彼女の顔をつたう。
その顔に滲み出る影は・・・『悲しい笑顔』
それはまさしく、子供が相手を悲しませない様に使う、大人の笑顔。
自分が許せないのだろうか。
彼も涙を流す。
ソレを見た彼女は、焦る。
自分が何か悲しませただろうか。
私は彼に嫌われただろうか。
悔しそうな顔をし涙を流す彼。
見てられない、でもここで逃げ出す事は出来ない。
それは彼が悲しむ。
だから彼女は言う。
「私・・・大丈夫だから」
その言葉はもっとも、聞きたくなかった言葉であろう。
心の底から言ってくれるのであらば、安心して逝く事もできる。
しかし、その表情は『虚ろ』の一言。
もし神がいれば間違いなく、彼の命を救うだろう。
それが無理ならば、せめて二人の心を通じさせるだろう。
それほどまでに、二人は意思疎通ができていなかった。
彼女は彼に心配をかけたくなく、気丈を振る舞い安心して逝かせてあげたいと願う。
彼はその彼女の無理に気付いてしまい、己の無力さに悔やみ、そして彼女のことを案じ生きたいと思う。
彼の涙の意図さえ、彼女にはわからず・・・
彼は神に願う。
神様・・・今まで信じていなかったし、もしいなかったとしても頼み事、一つくらい聞いてくれてもいいだろ。
そうだな、命をくれ・・・って言ってもそりゃ無理そうだな。
だから・・・頼む。
この娘を生かしてやりたいんだ。
一言だけでいい。
俺に言葉をつむぐ、力をくれ。
神様・・・お願いだ
「・・・っ・・・・・・・・」
彼の口が力無く、しかし確実に動く。
それは何かを伝えようとも見え、あるいは死に際の魚にも見える。
涙で滲む視界の中で、彼女は彼の口元に自らの耳を近づける。
「お・・・中でっ・・・・・・死ぬ・・・」
彼女は焦る。
彼はその燃え尽きそうな命に、あろう事か油をかけ言葉を紡いでいるのだ。
その最後の言葉を聞けず、そして死んでしまうのはとても嫌だ。
どうせ彼と一緒に消えるつもりの命ではあるが、心残りは残したくない。
必至だった。
彼の絶え絶えながらに紡がれる言葉を聞かねばならない。
何度も何度も聞こうとし、そしてその度に彼の蝋燭は加速的に短くなっていく。
彼は思う。
これが最後だろう・・・と。
彼女は思う。
彼の最後の言葉を・・・と。
奇跡かもしれない。
そのあまりにも儚く、されど力強い言葉が彼女の耳朶に響いた事は・・・
「・・・お、俺は・・・お前の中で、生き続ける事・・・にした・・・・・・勝手だけどな・・・・・・だ・・・だからっ・・・お・・・俺を殺さないように生き続けろ・・・・・・安心しろ・・・・・・パパはいつ・・でも・・・・・・い、一緒だから・・・」
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